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本の贈りもの _読書エッセイ

佳作

本の贈りもの

野島孝子・京都府・51歳

「まだ、落ち込んでいますか? 今のお母さんにピッタリの誕生プレゼントを選びました。あなたの力になる事を願って贈ります」
 私の誕生日に、こんな文面のカードが添えられて、一冊の本が贈られて来た。贈り主は、京都市内で一人暮らしをしている、大学生の一人娘からだった。
 本の題名は『勇気の言葉』(ハルキ文庫)。本を開くと、行き詰まったり、絶望したりしている人を勇気づけ、励ます言葉や実話がたくさん紹介されている。
 ついに逆転したのだ、と私は思った。叱咤激励は、私の役目だったではないか。今、こうして成長した娘によって、ふがいない私が励まされている。喜ばしい逆転であった。そして、娘にこんなにも心配をかけている事を、改めて申し訳なく思った。
 昨年、私が何気なく受けた子宮頸癌の検査で、癌が見つかった。幸い、発見が早かったので、すぐに手術をする事により、事無きを得た。私の病気を知らせた時、娘の不安は計り知れないものだった。彼女が三歳の時から、私達は二人で生きてきた。私達は親子であり、共に支えながら歩んできた、同志でもある。
「お母さんに何かあれば、私は一人になってしまう」
と泣く娘に、
「早く発見出来て、こんな幸運な事は無いよ。なんて、いい年なんやろ」
と言って、彼女を励ます事が出来た。
 しかし、今春の突然の私の失業は、私を打ちのめした。新しい職は見つからず、絶望と不安の日々。気持ちばかり焦り、食欲も無くなり、娘への電話は愚痴や泣き言ばかりになる。彼女も現在四回生で、就職活動中の身である。
「どちらが早く就職出来るか、競争しよう」と励ましてくれる娘に対し、
「あなたは若くて、可能性がたくさんあるけれど、私はもう終わりや」
と暗く答えるのが、毎度の事になった。
 こんな私に、娘も次第にうんざりしてきたようだ。
「なんで、もっと前向きになれへんの? いつまでふさぎ込んでるつもり? 自分で立ち直ろうと思わない限り、道は開けへんよ」
 娘もいつまでも私に同情する気分ではない。娘の言う事はもっともで、私は返す言葉も見つからない。
 改めて、娘が贈ってくれた本を開く。本田宗一郎氏の言葉が飛び込んできた。―”人間と言うものは、悲しさ、無念さを心底から味わいながら、それに耐えなければならない。長い人生の中で、一年や二年の遅れは、モノの数ではない“―一度、二度読み返す。そして更に、心に刻むように読み返す。
 頁をめくる。今度は水木しげる氏の言葉。”苦しむことから逃げちゃイカン。人生はずっと苦しいんです。苦しさを知っておくと、苦しみ慣れする。これは強いですよ“
 やはり何度も読み返し、心に留める。読み進むうちに、じんわり涙が出てきた。困難を乗り越えた人々の、心を揺さぶる金言がそこにある。言葉が私の心を目覚めさせ、元気づけてくれる。

 やがてこの言葉は、成功者たちが発したものと言うだけではなく、娘から私に宛てたメッセージに変わってゆく。
(なかなか、やってくれる)
と思い、涙が止まらない。懸命に育ててきた私の”片割れ“が、こんなに成長していたのだ。
 親を励まし、説教し、元気づけるために本まで贈って来た。いつの間にか、私は彼女に追い越されてしまった。これは今回の”不幸“により知った”幸せな事実“ だ。
 最後まで、本を読み終えた。裏表紙にマジックで何か書いてある。娘の字で、
 お母さんは一人じゃない
 私がついている
 それだけで幸せ
とある。彼女自身も、格言にちゃっかり参加しているのだ。おかしくて、嬉しくて、笑って泣いた。
 娘の気持ちが込められた、一冊の本。最高の誕生プレゼントだ。私はいつも本を手の届く所に置いている。娘がすぐそばに感じられるから。
 娘にお礼の電話をした。そして、尋ねてみたかった事を聞いてみた。
「前回の、私の病気の時には泣いていたのに、今回は頼もしいね。なんでこんなに強くなった?」
 すると、
「私も就活とかで、苦労してるしね。それに、お母さんの命に関わらへん事やったら、私にとっては全て何でも無い事だから」
と答えた。
 やばい。これも最高の金言 だ。もう、立ち直らなければ、と心から思った。

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