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『心のアンチエイジング』 _読書エッセイ

佳作

『心のアンチエイジング』

佐野由美子・三重県・52歳

 私はいつの頃からか、常に不平不満を言うようになっていました。テレビを観ていても、コメンテーターの発言に一々反論し、自動車を運転していても、
「方向指示器はもっと早く出してよ!」
とイライラモード。実家に立ち寄れば、一人暮らしの父と猫が私の顔色を伺い、夫に至っては、私に話しかける前に必ず、
「こんなこと言うと、ユミコさんまた怒るけど……」
と前置きをするようになっていました。それでも私は、自分自身の変化に気付いていませんでした。

 「私は変わってしまったのだ」
と気付いたのは、職場の図書係になったのがきっかけでした。職場の保育園で図書係になり、絵本コーナーを整理していた時のこと。懐かしい一冊を見つけました。オスカーワイルドの「幸せな王子」。小学生の頃、母に読み聞かせてもらった一冊でした。

 「幸せな王子」は、銅像の王子様がツバメを使って、困っている人たちに自分の身体に埋め込まれた宝石などを分け与えていく、美しくも哀しい自己犠牲の物語です。サファイアの目を取ってしまったために盲目になる王子の姿や、早く南の国に行かなければ命を落とすと知っていたのに王子を見捨てられなかったツバメの姿に……私はいたく感動して、涙していました。

 ところが。四十年ぶりに「幸せな王子」を読んだ私は……怒りの感情で一杯になってしまったのです。しかも怒りの矛先は、まさかの神様でした。
「あのさ。最初っから最後まで見ていたんだよね? だったら程良い頃に助けなよ。ツバメ、死んじゃったじゃない。天使を褒めてる場合じゃないわよ」
などと口汚く悪態をついて、ようやく、
「はっ!」
としたのです。同じ物語を読んでも感じ方が違う。心の揺れる方向が違う。物語は全く同じ内容なのに、あの日のような感動はなく……
「ああ、私は変わってしまったのだ」
と気付きました。

 すぐに自己防衛本能が働きました。私は言い訳を始めました。
(五十年以上も生きてきたんですもの。そりゃあ色々ありましたよ。心が潰れそうになったことだって、一度や二度ではないんです。多少ひねくれてしまっても、そりゃあ仕方ないよ)
でも。物語を読み終えた時……、あの日の母の言葉も思い出したのです。

 幼い私を「みーちゃん」と呼び、寝る前には必ず物語の読み聞かせをして、ありったけの愛情を注いでくれた母の言葉を。
「ツバメと王子様がかわいそうで泣いているの? みーちゃんは優しいね。母さんは、そんなみーちゃんが大好き」

 母に幻滅されるのだけは、困ります。五十一歳という若さで、この世を去った母。大好きだった母。

 イライラと怒りっぽく、すぐに否定的な意見を言い、威圧感と正論で周りを黙らせ、素直さを失った私を見て……母はどう思うでしょうか。いや、むしろ、こんなに変わり果ててしまっては、出会っても、母は私を認識できないかもしれません! 大変です。

 そこで私は、一大決心をしました。心のアンチエイジングを行うことに決めたのです。題して「素直な感動を取り戻そう! あの日に還ろうキャンペーン」です。

 まずは朝起きて「おはよう」と機嫌よく言い、ご飯を食べて「おいしい」と言うところからです。「ここのハム、品質落ちたな」とかは、思っても言いません。
(文句を言わない。人の批判をしない。感謝の気持ちを忘れない。美しいものを美しいと感じる……)
簡単なようでいて、とても難しいこの課題を、いつかクリアして見せます。

 大丈夫。人生百年時代。まだまだ折り返し地点です。私にだってまだ、引っ張れば伸び代はあるはず。

 いつか見事に心のアンチエイジングをしたら、大手を振って母に会いに行きます。

 その時はまた……。あの日のように、私に物語の読み聞かせをしてくださいね。お願いしますよ、母さん。

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