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「さつきのちょこっと感想文」 _読書エッセイ

佳作

『さつきのちょこっと感想文』

吉森紗都季・東京都・19歳

 今年の春に読書好きの祖父が携帯電話デビューをした。祖父はもともと福岡のマンションで一人暮らしをしていたが、
「腰も痛いし、そろそろ時期だと思うんだよなぁ」
と言い自分で老人ホームを探して入居した。そのタイミングで携帯電話を買ったらしい。
 祖父は中学校の国語教師だったため、本をよく読んでいた。また、読書好きが高じて、ささやかながら執筆活動もしていた。私が高校二年生の春に一人で遊びに行ったときは、祖父の本が出版されてすぐだった。祖父と一緒に大きな本屋をめぐって祖父の本がどのように陳列されているのか見たり、店にある検索機能に祖父の名前を入力し、ちゃんと表示されることを確認して二人でニヤニヤしたりした。祖父の作品が書店に陳列されているのが孫としてとても誇らしく、また、祖父の得意げな顔を見て私も嬉しかった。
 携帯電話デビューの記念に何かメールを送ってみようと思い、
「コロナウイルスの影響で大学がまだ始まらないから、今まで読んだ本を読み返してみたり、新しい本を探してみたりしようと思う」という内容とともに、
「おじいちゃんのおすすめの本があったら教えて!」
と送信した。祖父が一人暮らしをしていたときのマンションには、ざっと数えただけでも四千冊くらいの本があった。老人ホームに入居を決めてから、その本を片付けなくてはならないと聞いていたので、その中のどれかを教えてくれるだろうと思っていた。数時間後に祖父から
「家にある本を何冊か送ってみたから、好きなものがあったら読んでみてね」
という返信が来た。
 そして二日後、本屋で買ったばかりの二十冊の文庫本がプレゼント用の包装で届いた。祖父の家にある本が送られてくるものだと思っていたため驚いた。すぐにお礼のメールをした。
 包装紙を外し、中身を確認すると、高校時代に読んだ『海と毒薬』『こころ』『伊豆の踊子』『春琴抄』が入っていたり、今まではあまり読んでこなかった外国人作家の作品が入っていたりした。どれから読もうかと二十冊の本をすべて床に並べて吟味し、最終的にヘミングウェイの『老人と海』を選んだ。理由は今まで読んだことのない外国人作家だったことと、表紙の絵に惹かれたから、という単純なものだ。
 一冊読み終えたときに、
「このままじゃ面白くないな」
と思い、ハガキを取り出し祖父へ手紙を書くことにした。『さつきのちょこっと感想文』と題して、自分が感じたことを書いたり、イラストや四コマ漫画をつけ足したりして祖父がクスっと笑ってくれるように仕上げた。二通目は芥川龍之介の短編集を読み、ハガキを書いた。四コマ漫画はお気に入りの『蜜柑』を題材にした。内容は①ミカンが食べたいのに見つからない②「あれじゃない?」と教えてもらう③そこには本が積まれている一番上にレモン④「それは梶井基次郎!」というオチの力作である。祖父からも好評だった。
 祖父が送ってくれた本から何を読もうか選ぶとき、祖父はなぜこの本を送ってきてくれたのかを考える。読んでいるときは
「私はこう思うけど、おじいちゃんはどう思うかな」
と考える。そして読み終わったら、どんな感想を書こうか、四コマ漫画はどうしようか、どんなことを書いたら笑ってくれるのかと、常に祖父のことを考えている。東京にいる私と、福岡の老人ホームにいる祖父はなかなか頻繁に会うことはできないが、この二十冊の本のおかげで祖父と一緒に居るような感覚になる。また、祖父も書店に行き、私のことを考えて本を選んでくれたのかなと考えると、なんだか嬉しいし、少しくすぐったい気持ちになる。本を読むこと自体も楽しいが、祖父とハガキで意見を交換したり、祖父が笑ってくれるような四コマ漫画の構想を練ったり祖父のことを考えている時間は小さな幸せに満ちている。祖父が送ってきてくれたものは二十冊の本だけでなく相手のことを考えたり思いやったりする時間だったのだと気づいた。
 最近は大学の課題やアルバイトを言い訳にして本を読んでいなかったが、また読もうと思う。そして読んでハガキを送ろうと思う。
 さて、次読む本は何にしようか。ハガキには今回書いたエッセイのことも書こうか。福岡の老人ホームではどんな暮らしをしているのだろうか。私の大学生活やアルバイトの近況も伝えたい。次回の『さつきのちょこっと感想文』は「ちょこっと」では済みそうにない。

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