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読み聞かせが撒いた種 _読書エッセイ

佳作

『読み聞かせが撒いた種』

森戸寧子・福岡県・42歳

「子供には読み聞かせが大切」「言葉がわからなくても続けることが大事」……という言葉をよく聞いた。子供を産む前も、後も。その言葉には深く共感したし、自分も子供が産まれたらたくさんの本を読んで聞かせようと意気込んでいた。「妊娠中に母親が音読を繰り返した本を、泣いている子供に聞かせると泣き止む」なんてことを聞いて、大きなお腹で絵本を選びに行ったこともあるくらいには。

「たくさんの言葉を覚えてほしい」「言葉を通じて多くのことを経験してほしい」「言葉で気持ちを伝えられる人間になってほしい」と、思っていたのだ、本気で。

ところが、である。

産んでみた我が子といえば泣くかおっぱいを飲むか眠るかしかしない。笑うこともないし、そもそも表情なんてない(ように見えた、私には)。「この生き物に絵本を読んで聞かせて何になる?」という気持ちが勝ってしまった。

次第に毎日の忙しい育児にあんなに前のめりだった意気込みも失せつつあった。そんなことよりも、私は誰でもいいので大人と話をしたかった。

そして季節が変わり「赤ちゃん」のいる生活に少し慣れたころ、ふと気づいたのである。

「そもそも言葉がわからないのであれば、ストーリーではなく、ただ言葉のリズムや音を聞いた方が面白いのではないか?」

そこで手にしたのが『じゃあじゃあびりびり』という小さな絵本である。ただただ絵と、擬音語・擬声語が続くという単純な本だ。これを毎日毎日読み聞かせた。

前から順番に。

後ろからさかのぼって。

手が止まったところからランダムに。

一本調子で。

身振り手振りを混ぜて。

大げさに。

娘は私の膝に座りじっとそれを見ていた。

ただ、それだけだった。まるで売れない芸人と笑わない観客のような構図。本当にこんなことをしていて何かのためになるのだろうか? 私の不安は募るばかりだった。それでも育休中のぽっかりと空いた時間を埋めるように私は来る日も来る日も「じゃあじゃあびりびり」と言い続けた。

そして春。間もなく保育園が始まるという頃合いだったように思う。娘は六~七か月になっていたろうか。近所の児童館で絵本の読み聞かせがあるというので行ってみることにした。大きなガラス窓から光が差し込むそこには、私と同じように一歳に満たない子供を連れた母親たちが車座に座り、にぎやかに話をしている。私と娘はそっと隅のほうに座った。

何冊か本を読んだところで出てきたのがいつものあれである。「じゃあじゃあびりびり」。すると娘が突然足をバタつかせ、抱いた腕から転げ落ちそうになった。絵本を指さし、私の顔を見て大きな声を上げたのだ。他のどの子よりも大きな声だった。

「お母さん! 私、知ってる! 家でいつも読んでる本だよね!」

彼女が全身でそう私に訴えていることがわかったのだ。娘の初めての「言葉」だった。それは、知っているものに出会った喜びと得意げな気持ち、本を通じて得た知識を伝えるという何とも感情豊かで高度に知的な「言葉」だった。明らかに他とは違う、意志を持った「言葉」だった。

 私が続けてきた「じゃあじゃあびりびり」は間違いなく彼女には伝わっていた。彼女の中には「言葉で気持ちを伝える」という種が確実に育ちつつあった。生後一年に満たない子供であるにもかかわらず、だ。こんなことが小さな体と心の中で起きているとは。この時まで私は全く気付かなかったのである。

 その後しばらくして、私は仕事に復帰し、娘は保育園に通うようになった。そして娘が自分で読んでほしい本を持ってくるようになると、いつしか「じゃあじゃあびりびり」の出番は減っていった。

 気が付けば、私と娘の蜜月は終わってしまっていたのだ。「大変なのは今だけよ」「今がかわいい盛りよ」という育児の先輩たちの言葉が、本当だったことに気付いたのはずいぶん後になってからのことだった。

 さて、あれから十二年。今度は思春期の入り口が見えてきた娘は、また口数が少なくなった。間もなく生まれるひとまわり離れた弟をどう迎え入れようかと、私の大きくなったお腹を見る度に考えているように見える。

 ふたりの子供たちがどんな言葉を紡いでいってくれるのか。どうしても捨てられなかった「じゃあじゃあびりびり」をそろそろ引っ張り出そうかと考えている。

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