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わたし流 _読書エッセイ

佳作

わたし流

佐々木良子(ささき・りょうこ)・45歳

 私の手は動かない。手はおろか身体の全てを動かすことができない。12年前、不慮の事故から首の骨を折り全身麻痺となった。長男四歳、次男一歳のときだった。ただ息をしているだけの何もできないお母さん。子供たちのために何ひとつしてあげられない。悔しくて、悔しくて幾度となく涙したが、その涙さえも拭えない自分が情けなかった。
 泣いていても仕方がないのに……。
 それから必死で考えた。本をめくりながらの読み聞かせはできないけれど、日中、子供たちが保育園へ行っている間に車いすへと移り、ヘルパーさんに手伝ってもらいながら絵本を暗記する。これなら、夜布団に入ったときに子供たちの好きな話をしてあげられる。絵を見せられない分、感情を込めて登場人物になりきった。この方法は大成功だった。子供たちも「お母さん、すごーい!」と大喜び。「今度はクマさんのお話ね」と、リクエストしてくれた。
 うれしかった。あのまま「できない」と諦めていたら、本当に何もできないままだった。諦めることはいつだってできる。だったら少しでも子供たちが喜んでくれるよう努力したい。せっかく助かって子供たちのもとへ戻ることができたのだから、私は【わたし流】の読み聞かせをすればいい。人間、一歩踏み出すと、ずいぶんと逞しくなるものだ。
 子供たちが小学校へ上がると、様々なPTAの行事があった。しかしPTA室が二階のため、車いすで上がることができない。そこで思いついたのが、一階にある図書室での図書ボランティア活動だった。これなら私にも参加できる。そう思い申し出ることにした。 
 とは言え、全身麻痺に変わりはなく、私にできることは、左手に特殊な装具をつけ、ほんの少しパソコンを打つことくらい。それでも、図書室のディスプレイやボランティア新聞を任せてもらえることになった。ときには、他のボランティアお母さんがマイクを持ち、息子がページをめくりながら、たくさんの児童を前に読み聞かせもできた。もちろん事前に読む本はしっかりと暗記済みだ。
 子供たちが興味津々で聞き入ってくれる姿に、生きていて良かった。私にもまだやれることがあるのだと、勇気をもらった。何より、図書ボランティアの活動を、息子たちがとても喜んでくれたのがうれしかった。車いすのお母さんを恥じるどころか、「お母さん、今度はいつ来てくれるの?」と、楽しみにしてくれる優しい息子たち。子供たちのおかげで、私はお母さんに戻ることができ、社会とも繋がってこられた。
 子供たちが成長した今では、あの頃のことがよき思い出として私の心を支えてくれている。すべてのことを諦めざるを得なくなったとき、自暴自棄になり、投げやりな人生を歩んでいたかもしれない。それを救ってくれたのは子供たちであり、身近にあった絵本だった。本が私の進むべき道を教えてくれた。【わたし流】の読み聞かせは、人生においてもまた、【わたし流】でよいのだと教えてくれた。
 だからこそ伝えたい。
 子育てに悩むお母さんたちに、動けないお母さんにもできることがあったのだから、肩の力を抜いてそれぞれの【わたし流】を見つけて欲しいと。
 本は私に勇気を与えてくれた。そして生きる喜びを与えてくれた。本には無限の力がある。人の心を癒し、励まし、ときに喜びや感動を与え、様々な感情を育む上で、なくてはならない大切な存在である。
 絵本を暗記しようと思ったとき、そこには喜んでくれる子供たちの笑顔があった。母として、その笑顔を守りたいと心から願った。
 本を通し、「諦めないこと」を学び、今もこうして文字と触れ合っている。
 「お母さん、がんばって。僕たち応援しているからね」 
 なんとも心地良い幸せである。

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